「線香花火しようよ。」

 2023年6月28日に“佐藤千亜妃”が3rdアルバム『BUTTERFLY EFFECT』をリリースしました。様々な音楽ジャンルの要素をちりばめながら、ポップスに昇華させるメロディと、心の機微や情景描写を見事に表現する中毒性もある言葉選びは健在。新たなフェーズへ突入した彼女が次なるスタンダードを目指す大切な1枚に仕上がっております。
 
 さて、今日のうたコラムではそんな最新作を放った“佐藤千亜妃”による歌詞エッセイをお届け。綴っていただいたのは、今作の収録曲「線香花火 feat.幾田りら」にまつわるお話です。“線香花火”というタイトルの歌詞を書く上でのこだわりや、表現の仕組みを明かしてくださいました。ぜひ、歌詞と併せてエッセイをお楽しみください…!



正直、好きな人と線香花火なんて、したことがない。今まで書いた曲の中で言えば、「金木犀の夜」だって、金木犀の香りすら知らなかった。それでもイメージして、曲にできた。不思議なもので、本物を知らないからこそ膨らむ想像があるということだ。
 
そう、だから、好きな人と線香花火をしたことがないからこそ、細かいディティールを記憶しているかのように描けるのかもしれない。現実はきっと、そんなに細かいことは覚えていなかったりするかもしれないし、自分にとって都合のいい記憶しか残らないということもあるだろう。
 
状況は創作で、感情は本物を描く、というのはよく聞く話だし、自分もそういうふうに作ることが多い。時折、創作に見せかけて、実体験も忍ばせながら。だからたまに、「これは実体験ですか?」と聞かれると、どう答えるか凄く迷う。少し悩んで、「半々ですかね」とかなんとか、はぐらかしてしまう、大抵。だって、どの部分が実体験かなんて、教えたくないでしょう。自己開示が苦手だからこそ、音楽表現をしているみたいなところが自分にはあるし、それを紐解かれるというのは、どうも苦手だ。
 
何の話だっけ? となっている頃かと思うので本題に戻ろうと思う。そう、「線香花火」。この曲は、タイトルから決まっていて、シチュエーションと、そこにまつわる感情をどのように接続して、線香花火を浮かび上がらせるか、ということを考えながら作っていった。
 
歌詞をよく読むとわかると思うが、歌詞の中には“線香花火”というワードが一切出てこない。これは私のこだわりだ。線香花火というタイトルが決まっていて、それについて音楽にするなら、線香花火をそのまま線香花火という言葉で説明したら負けだと思ったのだ。“線香花火とは、線香花火のことです”。そんな国語辞典、あったら嫌でしょう。まあ、国語辞典ではなく、あくまで歌詞なのだけれど。
 
私は大学時代、室生犀星という詩人にハマり、卒業論文のテーマにしたりもしていた。なので、作詞に影響を受けていると言っても過言ではない。室生犀星は、情景描写のみを連ねながらそこに湧き立つ感情を想起させるのが、とても魅力的な作家だと思う。
 
今回の「線香花火」もそういう部分を意識している。“線香花火”を描いているのか、今この瞬間始まりそうな“恋”についての描写なのか、どちらともとれるように余白を持たせた歌詞になっている。線香花火の火花をイメージさせつつ、感情の盛り上がりをそこに重ねて読める仕組みだ。
 
そして、もしかしたらもっとアダルトに読むとするならば、ワンナイトラブ的な大人の夜の駆け引きにも思えるかもしれない。色んな人の感じ方がある中で、どんなふうに捉えられるのか楽しみな歌詞だ。ちなみに昔から親交のある音楽仲間からわざわざ、「線香花火」の歌詞めちゃくちゃ良いね、と連絡が来たのはとても嬉しい出来事だった。
 
余談だが、ディレクションさせていただいた、デジタル配信用のジャケット撮影は本当に大変だった。そもそも海辺で、潮風の中、線香花火を撮ろうなんていう企画に無茶があったのだ。様々な線香花火を五十本も用意していただき、風のせいで消えたり落ちたりする線香花火と悪戦苦闘しながら何度もトライして、なんとか撮影できた奇跡のショットがジャケットになっている。
 
風から線香花火を守るために何人ものスタッフが必死に囲ったり、線香花火をカスタムしたりと、本当に沢山の人の努力の結晶でできあがったジャケットなので、思い入れもひとしおだ。いいショットが撮れたあと、みんなと打ち上げで飲んだレモンサワーとお刺身の美味しさは、忘れられない。達成感もありつつ、なんだかちょっと夏を先取りしたような気分だった。
 
「線香花火」が、聴いてくれる人の中で、今年の夏を彩るアンセムのような楽曲になっていってくれたら嬉しいなと思う。
 
「線香花火しようよ。」が、令和版「月が綺麗ですね。」になったらいいな。
 
佐藤千亜妃>



◆紹介曲「線香花火 feat.幾田りら
作詞:佐藤千亜妃
作曲:佐藤千亜妃

◆3rdアルバム『BUTTERFLY EFFECT』
2023年6月28日発売
 
<収録曲>
01.ECLOSE
02.線香花火 feat.幾田りら
03.夜をループ
04.S.S.S.
05.タイムマシーン
06.花曇り
07.真夏の蝶番
08.PAPER MOON
09.1DK
10.EYES WIDE SHUT
11.Cheers!Cheers!