杜このみ、ロングインタビュー! 10作目となる10周年記念シングル『葦風峠』2023 年6月21日 発売!「自分の姿って一番自分が見えないというか…」細川たかしにスカウトされてデビューした民謡出身の歌手! 明るい響きの、言葉が耳に残る「伝わる歌声」! 歌手であり、大相撲力士 髙安関の妻であり、2児の母!
インタビューの最後に、読者プレゼントあり!
Mori Konomi
杜 このみ
10th Single『 葦風峠 』(あしかぜとうげ)
★ 細川たかしにスカウトされ、2013年「三味線わたり鳥」でデビュー!
★ 民謡出身の歌手! 民謡では師範! 小学6年生で民謡日本一!
★ 歌手であり、大相撲力士 髙安関の妻であり、2児の母!
★ 産休・育休を経て、2023年6月に復帰!
★ 10作目、10周年記念シングル『葦風峠』は、マイナー調の王道演歌!
★ 明るい響きの、言葉が耳に残る「伝わる歌声」!
★「自分の姿って一番自分が見えないというか…」
■ リリース情報
■ コンサート情報
杜このみ クリスマスコンサート / クリスマス会
開催日時: 2023年 12月23日(土)
[クリスマスコンサート]開場 12:15 / 開演 13:00
[クリスマス会]開場 15:45 / 開演 16:30
開催会場: 日本橋三井ホール(東京)
チケット: [クリスマスコンサート]全席指定 ¥8,000
[クリスマス会]全席指定 ¥5,000
[通し券] ¥11,000
公演詳細 / チケット購入
■ 杜このみ シングル『葦風峠』ロングインタビュー!
杜このみの歌声は、人を惹きつける。「聴く人を惹きつける」というより、たとえば、街で流れていて「意識して聴いていなくても、自然と耳に入ってくる」というような「伝わる歌声」だ。
歌声の響きが、キラキラと抜群に明るく、ヌケがいいのに、やわらかい。しかも、言葉がクリアで、聴いていて言葉が耳に残る。ここまで言葉が明るくクリアなのに、やわらかさもある歌声の歌手はあまりいない。心地よく、ずっと聴いていたくなる歌声だ。
民謡出身の歌手らしい無理のない伸びやかな高音や、綺麗なコブシまわしに加えて、リズム感もいい。たとえば、アップテンポでハネるようなリズムのポップなデビュー曲『三味線わたり鳥』(作詞:高田ひろお / 作曲:聖川湧 / 編曲:丸山雅仁)などでは、多くの演歌歌手とは全く違うリズムのノリ方で、歌のグルーヴが実に心地よい。民謡出身の演歌歌手で、これほどリズミックでポップに歌える歌手は珍しい。だから、ポップスのカバーを歌ってもうまい。
オリジナル曲には、民謡調の演歌『追分みなと』や、ドラマティックな王道演歌『鴎の海峡』などもあるが、演歌歌手では珍しく、杜このみの場合、デビュー曲の『三味線わたり鳥』をはじめ、『のぞみ酒』『残んの月』『くちなし雨情』『花は苦労の風に咲く』『王手!』と、シングル 10作中 6曲がメジャー調の曲だ。キラキラした明るい響きの歌声が、メジャー調の曲によく合う。故 野村克也氏も、「平成の美空ひばり」と絶賛していた。
杜このみは、幼い頃より地元の札幌で民謡を始め、民謡の王様とも言われる『江差追分』の全国大会では、当時、最年少の小学 6年生で日本一になるなどし、2011年には「小路(こうじ)流 民謡道」の師範となり、そして、「民謡 三橋流」の名取(三橋このみ)でもある。
高校 3年生の時に、同じ北海道出身で、同じく民謡を歌う細川たかしにスカウトされ、6年後の 2013年5月22日『三味線わたり鳥』で、23歳の時に歌手デビュー。伸びやかな歌声と、溌剌とした若々しい歌声が評価され、その年の「第55回 輝く!日本レコード大賞」では、福田こうへい らとともに新人賞を受賞した。
その後、2020年6月までに、シングル 9枚をリリース。2020年8月には、大相撲、髙安関との結婚と妊娠を発表。第1子の出産後、2021年4月に一度は復帰コンサートを行ったが、第2子の妊娠のため、再び、産休・育休に入り、今年、2023年に完全復帰。3年ぶりとなる、通算10枚目、デビュー10周年記念シングル『葦風峠(あしかぜとうげ)』(作詞:円香乃 / 作曲:岡千秋 / 編曲:南郷達也)を2023年6月21日にリリースした。
最新曲『葦風峠』は、3年前の前作『郷愁おけさ』と同じく、マイナー調、ゆったりした王道演歌だ。シンプルで耳に残るスキのないメロディに乗せた切ない女心が、明るい響きの歌声で心に響いてくる。8月には、「有線 演歌歌謡曲リクエストランキング」(8月9日付)で 1位にもなった。
大相撲力士の妻であり、2歳と1歳の2児の母であり、歌手でもある。その大変さは察して余りあるが、明るく、おおらかで、マイペースな性格が故に、あまりそういうことを感じさせない。どちらかと言えば、呑気な雰囲気もある。しかし、ひと度、ステージに立てば、何事にも動じないような、堂々とした姿を見せる。
<もくじ>
1 3年ぶりとなる 10周年記念シングル『葦風峠』
〜「最初、ちょっと不安もあったんですけど…」〜
2 レコーディングでは、周りのスタッフにまかせる
〜「自分の姿って一番自分が見えないというか…」〜
3 小学 6年生で 民謡『江差追分』全国大会で日本一
〜「号泣しちゃって…」〜
4 細川たかしからスカウト
〜「"やんわり断ろう" みたいな感じで思ってたんです…」〜
5 歌手デビュー 10周年
〜「伝えることに意味があるっていうか…」〜
6 妻として、母として、歌手として
〜「本当に感謝だなと思います…」〜
1 3年ぶりとなる 10周年記念シングル『葦風峠』〜「これまでにはない反応なので…」〜
ーー 2023年6月21日に発売された、杜このみ の 3年ぶりとなる、通算10枚目、デビュー10周年記念シングル『葦風峠(あしかぜとうげ)』(作詞:円香乃 / 作曲:岡千秋 / 編曲:南郷達也)は、前作『郷愁おけさ』(9th single、2020年)に続き、マイナー調のゆったりした王道演歌。響きが明るく、ヌケがいいのに、やわらかさもあり、歌声が耳に残る。しかも、言葉がクリアで、歌詞の中の感情が伝わってくる。8月には、「有線 演歌歌謡曲リクエストランキング」(8月9日付)で 1位にもなった。
杜: ありがとうございます。なんか、やっぱり 3年ぶりなので、最初、ちょっと不安もあったんですけど、でも、出産とか経て、育休明け戻ってきてから応援してくださるファンの方とかも少しずつ増えていて……。なんか、そういうところで言うと、すごく女性のファンの方が、『葦風峠』が好きでミニライブに来てくださったりとか、「このみちゃん、この曲すごくいいわよ〜」って言ってくださったりとかして、これまでにはない反応なので、すごく嬉しくて。それは、やっぱり、妊娠だったり出産を経て、歌にそういう経験が現れてきたのだったら嬉しいなと思ってるんですけど……。自分の中では、とくに、そういうふうに意識して歌っているところはないんですけど……(笑)、自分はずっと繋がってるので。でも、「この作品がいいよ」って言ってくださるファンの方が増えるとすごく嬉しいなと思います。
ーー『葦風峠』は、1コーラスが短くて覚えやすく、一度、聴いただけで耳に残る。
杜: はい、ひたすら「シンプルに」ってことで、(作曲の)岡 千秋 先生は、削りに削ってましたね。最後も「演歌でこういうすぐ終わっちゃうやつ、面白くない〜?」とか言って、「いいんですか!」みたいな……(笑)、「♪あしかぜ とうげ〜」って、すぐ終わっちゃう感じにシンプルになっていて、最後、名詞で終わるっていう、これまで、あんまりないパターンです。
ーー 今回、作曲した 岡 千秋 によるメロディは、シンプルで無駄がなく、スキがない。
杜: わかります。なんかギュッってなってる感じです。この曲は、(歌詞より先にメロディを作る)曲先なんです。10周年記念シングルを発売させていただくってなったときに、私自身も 3年ぶりの新曲ってこともあって、「どういう曲にするか?」っていうのを、ちょうど本当にこの部屋でお話し合いをしてたんです。これから 20年 30年って続けていく上で、どういう歌い手になっていってほしいかっていうのを皆さんが話してくださったんです。レコード会社のテイチクのみなさん、事務所の社長とかも含めて、「このみはこういう作品を歌ってきたけど、これからこうなっていってほしいよね」っていう話し合いが、まさに、この部屋で行われたんです。
杜: それで、「どうする?」ってなったときに、今、やっぱり「演歌を盛り上げないと」っていうレコード会社の意向とかで、結構、華やかな作品だったりとか、見た目も曲調も派手な作品がすごく多いよっていう話をしていて……、でも、なんか、あえて、すごいシンプルで、もう削るだけ削って、でも、その短い歌詞の中で、すごい苦しい切ない女心を歌えたら本物だよねって、そういうふうに育っていってほしいっていうところで、それで、「岡(千秋)先生で!」っていうお話になり、今回、このような作品をいただいたんです。
ーー そういう、次のシングル曲を決める時、師匠である 細川たかし の意見は入らないのだろうか?
杜: (細川たかし)師匠は……、入ってないですね。師匠は、もう明らかに民謡調の歌が好きなので、「いけ〜! このみ! はいっ!」みたいな感じなので……(笑)。でも、テイチクさん的には、なんか、そういう要素ももちろん大事だし、それは民謡でこれからも見せていってほしいけど、やっぱり「杜このみ は、切ない女心だったりとか、待ち続ける主人公だったりとかを演じられる歌手として育っていってほしい」っていうのがあるんです。言われてることは違うんですけど、でも、それって両方やったら面白いなって個人的には思ってて……。
ーー 『葦風峠』を作曲した 岡 千秋 は、2019年の 7枚目のシングル『花は苦労の風に咲く』(作詞:坂口照幸)でも作曲を担当している。
杜: はい、そうです。で、今回、(岡 千秋)先生と打ち合わせとかもして、「なんか、このみちゃんって意外と声が思ったよりかわいいね」みたいな感じで言われて……(笑)、「どういうことですか?」って……。なんか、民謡っていうイメージが、みんな作曲家の先生方にはあったみたいなんですけど、「全然、違うね」みたいな感じになって、いただいた作品から、どんどんシンプルになっていって、さらに削られていったんです。イントロとか、一番最後、エンディングとかも、「もうどんどんシンプルにしようぜ」みたいな話になって、「このみちゃん、あえてこれくらいシンプルなやつを歌ってみたら面白いかも……」みたいに言ってくださって、この作品になったんです。
ーー 作詞には、岡 千秋 が、円 香乃(マドカ キョウノ)を指名した。
杜: そうです、そうです。素敵な歌詞をいただきました。
ーー 1コーラスが短いから、言葉数は少ないが、切ない女心が伝わる。
杜: そうなんですよね〜、はい。で、その「葦風峠」っていう名前も、実在しない峠の名前なんですけど、でも、なんか 1回、サスペンスドラマに架空の峠として使われたこともある名前らしくて、ちょっとそういうミステリアスな部分っていうか、「本当にこの主人公は実在するんだろうか」みたいな、多分、モヤモヤとした部分をあえて落とし込んでくださってる詞なのかなと……、それがまた魅力なのかなと思うんです。
杜: なので、カップリングとかは、「タイトル何にしようかね、このみちゃん」とかって言ってたんですけど、この『葦風峠』だけは、「もうこれで行くから!」って言われてて、(円 香乃)先生の中でも、温めておいて使いたいって思ってた名前なのかなと思ったんですけど……、それくらいこだわってくださいました。
2 レコーディングでは、周りのスタッフにまかせる 〜「自分の姿って一番自分が見えないというか…」〜
ーー『葦風峠』は、最初、作曲した 岡 千秋 自身がピアノを弾きながら歌ったデモで聴いた。
杜: 難しそう〜って思いました。また、全然、声が違うから……(笑)、かっこいい感じになってました……(笑)。
ーー 岡 千秋 は、都はるみとデュエットした『浪花恋しぐれ』(作詞:たかたかし / 作曲:岡千秋、1983年)の歌声でも知られるように、あのガラガラ声だから、イメージが違うだろうと思う。この『葦風峠』は、シンプルだけど、歌ってみると、間の取り方などが難しい歌だ。
杜: 難しいです……。しかも、これまで、あまり挑戦したことのない中低音っていうか、ちょっと低めのところとか、それがまた難しいんでですけど……、その響かせ方が難しくて……。
ーー たしかに、冒頭の「♪石に なるほど」のところは、かなり低い。おそらく、杜このみ の使える最低音なのではないだろうか。
杜: そうなんです。で、サビもめちゃくちゃ盛り上がって終わるとかじゃなくて、シンプルに「♪あしかぜ とうげ〜」って語るようにして終わったりとか、なんかそういう演歌ならではの魅力みたいなのがいろいろと落とし込まれている曲ですね。
ーー 随所に見られる綺麗なコブシまわしは、さすが民謡出身と思わせるが、『葦風峠』では、コブシを入れるところと、入れずにストレートに歌っているところのバランスが絶妙だ。コブシをやたらと入れればいい歌になるわけではない。ストレートに歌う部分があってこそ、コブシが効果的に生きる。そのバランスが見事だから、伝わる歌になっている。
杜: うわっ、ありがとうございます……、そこに気づいてくださって……(笑)。結構、新人の頃は、もうチカラまかせじゃないですけど、「コブシを思いっきり入れた方がかっこいいだろう」っていう、なんか自信みたいなのがあったんです。それはそれで、なんか「若い頃の自分らしさ」っていうのがあったのかな〜と思うんですけど、今、34歳になって、「歌詞を伝える大切さ」っていうか、「歌詞の意味を理解して、語ることの大事さ」みたいなものを、未だに勉強させていただいている……、作品の中でも学ばせてもらってるんですけど、なんかそういう「これまでにない 杜このみ」を見せていきたいな〜って思った作品ですね。
ーー サビの「♪未練心が〜」の高いところも伸びやかで魅力的だが、出だしの Aメロの低いところ「♪石になるほど 待ち続け」を語るように歌っているところもいい。その声の魅力で、いきなり惹き込まれる
杜: そうなんですよ〜……(笑)、出だし、いいですよね〜……(笑)、ありがとうございます。歌詞も「円(香乃)先生ならでは」っていうか、なんかちょっとこう、最初から、想像力の膨らむ世界観に連れていって、いざなってくれるような……。「石になるほど待ち続け」って、最初、「え〜っ!」って思ったんですけど、なんかそれぐらい衝撃的な歌詞だな〜って思って。
ーー 杜このみ の場合、歌録りのレコーディング前は、あまり歌い込まないようにしている。
杜: はい、なんか、あんまりクセを付けないように、歌いすぎずって感じですかね。レコーディングの時も、わりと、その譜面通りというか、ディレクターさんに「コブシ、何回、回しますか?」とか、「ここ、コブシ抜きますか?」とかってご相談しながらです。これまで、あんまり自分から「こういうふうに歌いたいです」とかって言ったことも実はなくて……。なんか、自分で言ったところで、自分の姿って一番自分が見えないというか……、それは、わかんないっていう……。それはなんか、レコード会社の皆さんだったりとか、事務所のスタッフの皆さんだったりにおまかせして、言ってもらうのが一番参考になりますね。
ーー たとえば、自分が気に入っている写真と、他人がいいと言う写真が違っていることが少なくないように、誰でも自分のことを客観的に見ることは難しい。それを理解し、自分のこと、自分の良さを一番理解してくれている周りのスタッフを信頼して判断を委ねるというのは、実にクレバーだ。自分がいいと思っていることを押し通すことで、ひとりよがりになったり、本当に良い部分が出なかったりすることで、結果、聴く人に響かないものとなってしまうことも少なくない。
杜: そうですね……。で、今回、岡(千秋)先生のところに何度もお邪魔させていただいて、レッスンしていただいたんですけど、これまで、見えていなかった自分を教えていただいたというか……。あの……、「普段、話す声も、普通はみんなもっと声大きいんだよ」とか言われて、「私、声ちっちゃいんだ……」とか思って……(笑)。「その自分から発信する声を、もっとちゃんと伝えるように言いなさい」とか、そういうことも先生に教えてもらって、なんか「大きい声で話す」っていうことまで練習して……(笑)、大きい声で「石になるほど!」とか言ったりして……(笑)。「自分が思ってるのと、聴いた感じは違うから、まずは、ちゃんと発音をして、大きい声で言う練習しようね」とか言われて、「はい」みたいな……(笑)。
ーー そうは言うが、杜このみ は、言葉のヌケがいいから、いつも、歌詞がちゃんと聴こえてきて、その内容が伝わってくる。
杜: ありがとうございます。でも、今回、勉強になりました。レコーディングの当日も、岡(千秋)先生に、すごい怒られるかなと思ってたんですけど、なんか「いいね〜」って言ってくださって。
ーー 今回のカップリング曲『みなと桟橋』(作詞:円香乃 / 作曲:岡千秋 / 編曲:南郷達也)もいい。こちらも、マイナー調のゆったりした王道演歌で、民謡をベースに持った 杜このみ のコブシが映える歌だ。2016年の 4枚目のシングル『鴎の海峡』(作詞:石原信一 / 作曲:桧原さとし)のような雰囲気もある。
杜: うんうん、そうですね。なんか……、「岡(千秋)先生からの挑戦状」じゃないですけど、すごい難しくて……、「先生、これ歌えないです」とかずっと言ってて、「いや、なんかちょっとそういう難しい作品も入れてもいいよね」みたいな話になって……。
ーー 毎回のサビの最後の「♪もしや今日はと 沖を見る」「♪夢を明日を 見たくなる」「♪あなた乗せてる 船は無い」の歌声が実に気持ちいい。
杜: はい、歌ってて気持ちいいです……(笑)。その種類というか系統は違うんですけど、(『葦風峠』も『みなと桟橋』も)両方とも、愛する男性を待つ主人公というところで、全然違う人格が思い浮かぶように歌おうって思ってるんですけど……。でも、このカップリングもすごく難しくて……、なかなか歌う機会ないんですけど……(笑)。
ーー 師匠である 細川たかし は、CD となる音が完全に出来上がった段階で、初めて聴くようだ。
杜: はい、そうです。テイチクさんチームは、みんな「多分、(細川たかしは)『葦風峠』みたいなのは好きじゃないかもね……」って言ってたんですよ……(笑)。絶対「カップリングの方がいい」って言うだろうなって思ってて……、(カップリングの)『みなと桟橋』は、もう思いっきり演歌っぽいんで……。でも、なんか、意外と、(細川たかし)師匠も「『葦風峠』いいね!」って言ってくださって、「カップリングよりこっちがいい!」って言ってくださって、「何が起きたんだろう……」みたいな……(笑)。
3 小学 6年生で 民謡『江差追分』全国大会で日本一 〜「号泣しちゃって…」〜
ーー 北海道札幌市で生まれた 杜このみ は、幼い頃から民謡が好きだった。
杜: はい、2歳 か 3歳くらいのころに、NHK の「のど自慢」で民謡を歌っている人を見て、マネして歌っていたらしくて、それを両親が見て「えっ?この子、民謡のマネしてちゃってるよ」みたいな感じになって……(笑)、なんか着物を着てる人を見て「かっこいい」って言ってたらしいんですよ。
杜: それで、たまたまウチの父の高校時代の友人のお母さんが、松本(晁章)師匠っていう民謡の先生のところに通ってて、その方もすごいうまくて、で、父が「そう言えば、民謡と言えば、高校の時の友達のお母さんやってたよ」ってなって、「1回 連れて行こう」ってなって連れてってもらったんですけど、「こんなちびちゃんが自分でやりたいって言うわけないし、思ったより民謡は難しいよ、帰りなさい」ってなって、で、最初は入門がかなわず……。
杜: でも、それからも「やっぱり民謡やりたい」っていう気持ちがどんどん膨らんでいって、もう1回 連れてってもらって、「私、民謡、本当にやりたいんです!」て言って、やっと「いいよ」ってなって通い始めたのが 4歳なので、本当はもっと前からやりたかったんです……(笑)、変わってますよね……(笑)。
ーー そうして、4歳から、尺八奏者として有名な「小路(こうじ)流」三代目 家元の 故・松本晁章(まつもと ちょうしょう)が主宰する民謡教室に通いはじめた。
杜: とにかく、そのころは、めっちゃ歌が大好きだったらしくて、ずっと歌ってたみたいです。で、なんか、歌番組を見るのも好きで、ピアノのおもちゃを買ってもらってたらしいんですけど、それでいつも弾き語りをしてたらしいんですよね……(笑)。ちゃんとした日本語じゃないけど、なんか弾いて歌ってるぐらい歌好きで、「この子、歌やらせてあげないとかわいそうだから」ってなったみたいです。
杜: なんでも歌ってたんですけど、中でも、やっぱ民謡が「着物を着ててかわいいし、やりたい」って言ってたらしくて、それがきっかけなので、全然、親戚とかでもやってなかったんですけど……。でも、のちのち、わかったのが、ウチのおばあちゃんのおばあちゃん……もはやなんて言うのかわかんないけど、そのおばあちゃんが、海の近くに住んでて、忍路(おしょろ)(北海道小樽市)ってところだったんですけど、その忍路ですごい有名な『江差追分』を歌う人だったらしくて、なんかその当時、そういう民謡教室等とかはもちろんないんですけど、その村民っていうかみんなが集まったときに必ず歌うぐらい「追分の名手だった」っていうのを、のちのち聞いて、「『江差追分』が好きな DNA なのかな〜」と思って……(笑)。まあ、偶然だと思うんですけど、ちょっと、そういうものも感じました。
ーー 小学校に入ると、日本を代表する民謡のひとつであり、「KING OF 民謡」とも言われる北海道の民謡『江差追分』の全国大会、少年少女の部に出場した。
杜: はい、小学校 1年生で、やっと出られるようになって、それで、審査員奨励賞みたいなのをもらったんですよ。でも、本番で、1回、息を切っちゃって(息がもたずに息継ぎをしてしまって)……、でも、普通、1年生って、息 切るんですよ。その賞に入ろうなんてすら、みんな思ってないんですけど、1年生で入るなんてありえないんで……。でも、私は、めちゃくちゃ負けず嫌いだったらしくて、『江差追分』では、その頃、優勝が目標だったらしいんですね。で、1回、息 切っちゃって、号泣しちゃって……。でも、それを審査員にめちゃくちゃ褒められて、「1年生でそうやって 息 切って泣いてる子、君が初めてだよ」って、「これまで何十年も審査員やってきて、君が初めて。だから、君は、将来、絶対優勝する」って言ってもらって、その言葉を励みに頑張って、6年生でやっと優勝したんです。
ーー 2000年(平成12年)、小学 5年生の時には、「第30回 全道 少年少女 民謡決勝大会 江差追分の部」で優勝。翌 2001年(平成13年)、12歳、小学 6年生の時には、1年生から毎年出続けていた「第5回 江差追分 少年全国大会」で、当時、史上最年少優勝を果たした(「江差追分 全国大会」の少年少女の部は、当初、第○回とは言わずに続けられていたが、1997年、平成 9年から、正式に「第1回 江差追分 少年全国大会」と回数がカウントされるようになった)。
ーー しかし、中学校 3年間は、その「江差追分 全国大会」少年の部には出場することができなかった。
杜: あの……、今はわからないんですけど、当時は、1回 優勝すると出場の権利がなくなるんです。1回しか優勝はできなんです。で、大抵、中3 で優勝することが多くて、それまで(の優勝者)は、ずっと中3 だったんです。だから「まさか小学生が!」ってことで……。それで、小学校 6年生で優勝して、そのときに師匠が、「(中学生になったら)もう一般の部で挑戦させてくれていいんじゃないか」って話をすごい言ってくれたんですけど、「これまでのルールもずっとそうだから」って言われて、(中学の)3年間は、出られなかったんです。
ーー 高校 1年生になり、今度は、「江差追分 全国大会」一般の部で挑戦した。
杜: はい……、でも、予選で敗退して……(笑)。
ーー それでも、毎年、挑戦し、高校3年の時、2007年(平成19年)「第45回 江差追分 全国大会」では、10位に入った。そうやって、大好きな民謡は 4歳からずっと続けていたが、小中高校のころは、周りの友達が聴くような音楽も聴いていた。
杜: そうですね〜、小学生のころとかは モーニング娘。さんがめちゃくちゃ流行ってたりとか、SPEED さんだったりとか、なんか、とりあえず「周りに合わせておこう」みたいな感じで聴いてましたね。
杜: で、中学生のころは、SMAP が好きな(友達)グループに入ってて、「私も(香取)慎吾ちゃん好き〜」「慎吾派〜」とか言ってて、全然、知らないんですけど……(笑)、なんとなく話を合わせてたんですけど……。高校生になって、カラオケとかみんなで行くようになると、みんなもう勝手に『津軽海峡・冬景色』とか入れるんですよ……(笑)。「このみと言えば、もうこれしかないっしょ!」みたいな感じのグループでしたね。
杜: 高校は女子クラスで、すごいみんな仲良しだったんですよ。で、放課後みんなでカラオケ行くのが定番だったんですけど、みんな適当に、なんか演歌を入れるんですよ。「はい、このみ!」みたいな感じで歌ってて、でも、その頃は、演歌をあまり知らなかったんですけど、ほかには『天城越え』とか、(石川)さゆりさんの歌が多かったですね。でも、それは、それで楽しかったですね、やっぱ、コブシまわせるんで……(笑)、でも、よく考えたら、それは民謡のコブシなんですけど。でも、(コブシ)まわるから、みんな「スゴ〜イ」とか言って、喜んでくれて……(笑)。
ーー 2022年の4月、第1子の出産後に東京で行われた「杜このみ 復帰コンサート」では、オリジナル曲や民謡のほかにも、『バス・ストップ』(平浩二)、『時の流れに身をまかせ』(テレサ・テン)、『リンゴ追分』(美空ひばり)、『望郷じょんから』(細川たかし)などとともに、松山千春の『生命(いのち)』もカバー曲として歌っていた。
杜: 『生命(いのち)』は、最近、お父さんが歌ってて……、お父さんの歌って、それまで、あんまり聴いたことなかったんですけど、「めちゃくちゃいい曲やん」って思ったので……。お父さんも、もともとは演歌は聴かなくて、結構、レベッカさんとか、あと(松山)千春さんの歌だったりとかが多かったですね。
4 細川たかしからスカウト 〜「"やんわり断ろう" みたいな感じで思ってたんです…」〜
ーー 高校生のときに、NHK の番組『それいけ!民謡 うた祭り』に出演したことがきっかけで、現在の師匠である 細川たかし の目にとまり、歌手への道へとつながった。
杜: 高校 2年生の時……ですね。私、もともと、民謡番組は、結構、中学校 1年生くらいから呼んでもらったりとかしてて、出演させてもらったりっていうことが結構多かったんです。
ーー 細川たかし が、杜このみ が出演した NHK『それいけ!民謡 うた祭り』を見て興味を持ったと言われている。
杜: はい……。なんか、そういう説もあれば……(笑)、「師匠(細川たかし)が、なんか新人を探してる」っていう……、細木数子さんの番組か何かで「これからは、後継者を探して、後継者を作っていった方がいいわよ」って言われて探してたっていう噂も聞いたんですけど……。それで、NHK さんに、「民謡が歌えるいい子がいれば紹介してほしい」ってお願いした可能性もあるんですけど……、まだ、そこは師匠に聞いたことはないんです。
ーー いずれにしろ、高校3年生の時、細川たかしからの「歌手にならないか」という誘いがあったが、当時は、歌手になろうとは思っていなかった。子供の頃から、民謡の先生になることが夢だった。
杜: はい、目立つことは嫌いでした……(笑)。だから、(歌手は)ヤダって思ってました。実は、そのころは進学したくて、推薦で東京の大学も決まってたんです。経営を学びたくて……、ウチ、実家が酒屋なので、その経営してきてる姿とかを見てて、「経営学って絶対面白いよな」と思って、「社長になりたい」と思ったんですよ……(笑)。
杜: で、なんかそれもあるし、本当に「子供たちに民謡を教えたい」という気持ちが、めちゃくちゃ子供の頃からあって……、「民謡の先生になりたいな」っても思ってたので、(細川たかしからの「歌手にならないか」という誘いは)ちょっと「やんわり断ろう」みたいな感じで思ってたんです……(笑)。
ーー しかし、父親の言葉と、見に行った細川たかしのコンサートがきっかけで、気持ちが変わった。
杜: ウチのお父さんが、最初は「そうだよね……、進学するよね」ってなってたんですけど、そのうちに、「細川たかしさんってめちゃくちゃ有名な演歌歌手だし、きっと声がかかったってことは絶対何かの縁だから、ここで諦めたらまた人生が違う方向に行っちゃうから」って言ってきて、「(大学の)入学金払わないから」って言ったんですよ。で、「え〜っ! 入学金払わないと大学行けないじゃん!」ってなって……。
杜: それと、細川たかしさんが、「このみちゃんは、そんなに歌手になりたくないみたいな感じだけど、1回、コンサートを見に来なよ」って言ってくださって、見させてもらったときに、めちゃめちゃかっこよくて、『望郷じょんから』を歌われたときに、私が泣いちゃって、なんかすごい感動して……。
杜: その時、民謡の『津軽山唄』とか歌われたときに、みんな明らかに演歌ファンの方たちが見てるのに、「かっこいい!」ってなってるのを見て、なんかその「民謡の先生ではないけど、民謡を広めていく形もあるんだ」っていうのを目の当たりにして、「かっこいい!」「そうなりたい!」って思ったんです。
ーー そうして、高校 3年のころから、不定期ではあったが、細川たかしが札幌に来た時、札幌にある自身のビルで指導を受けた。
杜: はい、師匠が来てくださって、教えてくれてました。たとえば、「都はるみさんの節回しとかは、明らかに民謡と違って勉強になるから、CD すぐに今日もう買いに行って聴いてね」とかって言われたりとかして……、はい。でも、レッスンって言っても全然で、1年に1回のときもありました……(笑)。それでも、「忘れられてるけど、それはそれでいいや」みたいなくらいの感覚でしたね……(笑)。
ーー レッスンもそんな調子だったし、まだ、そのころは、歌手になるというイメージがなかなか出来なかったようだ。
杜: そうですね……、なんか、結構、行き当たりばったりじゃないですけど、それでデビューが決まったら、それはそれで切り替えて頑張ろうって思いつつ、(細川たかしから)「民謡も続けてていいから」って言われてたんで、もし、その話が流れても、民謡の先生の道を諦めなければいいって思ってました。それくらいだったからこそできたというか……、結構、(歌手デビューまで)6年間あったので。まあ、結構、性格的にも「なんとかなるさ精神」っていうか……(笑)、「好きな音楽やっとけば何とかなるだろう」みたいな感じでしたね……(笑)。
ーー 高校卒業後、デビューまでの間も、毎年、「江差追分 全国大会」には出場し続け、2012年(平成24年)、22歳の時には、「第50回記念 江差追分全国大会」で 第3位になったほか、「秋田長持唄 全国大会」優勝、「津軽五大民謡 全国大会 津軽よされ節の部」でも優勝した。さらに、2013年のデビュー直前には、ニューヨーク「カーネギーホール」で行われた日本の民謡を世界に伝えるコンサートでも歌った。
ーー また、当時、民謡と並行して、民謡をポップにアレンジして聴かせる「Ezo'n」(エゾン)という民謡和楽器バンドでも活動していた。津軽三味線、和太鼓、ジャズピアノに 杜このみ のボーカルという、道産子 4人による、北海道の音楽をルーツにしたバンドだった。
杜: はい。で、その頃ちょうど、民謡歌手として軌道に乗り始めちゃって……、で、当時、「Ezo'n」(エゾン)というバンドでも活動をしてたんですけど、結構、ツアーとかもするようになってきて、「なんか、細川師匠にちゃんと言っとかないと、このままじゃまずいぞ」ってなって、ウチの父が「ちょっとこういう活動させてもらってて、結構、いろんな仕事をもらい始めちゃってて、いいんでしょうか?」って言ったときに、「ダメ〜!」ってなって、「東京に来ないと困る」ってなって、ちょうど、そのニューヨークの公演もあったので、「それキャンセルしてすぐ来て!」って言われたんですけど、「さすがにそれは無理なので」って言って、「カーネギーホール」でコンサートやって、本当、帰ってきてすぐスーツケース詰め替えて、上京して、ウィークリーマンションに住んでって感じでしたね。東京でひとり暮らしなんて「大丈夫かなぁ〜」って感じで……(笑)。
ーー ちょうど、そのころ、デビューがもう決まっていたということだ。
杜: はい。なんか、「本当にいいんですか?」みたいな所もあり、「デビューするよ」って聞いてたけど、なんか信じてなかったというか……。(細川たかしに声をかけられてから)やっぱり 6年間あったので、「まあ、どっちでもいいや」みたいな感じだったんですけど、東京に来てみたら、なんかもう、あれよあれよという間に、なんかもう、めちゃくちゃ急で……。
杜: とにかく、上京してからデビューまでは、めっちゃすぐでしたね〜。もうレコーディングしてすぐデビューって感じで、マネージャーさんも、本当に「急遽、聞いた」っていう感じで……、知らなかったらしいです。(細川たかし)師匠が「今だ!」って思ったタイミングを信じるタイプといういうか、すごく師匠は直感型なので、それについていった感じですね……(笑)。
ーー 高校 3年生で細川たかしに声をかけられてから 約6年、2013年5月22日、23歳の時、杜このみは『三味線わたり鳥』(作詞:高田ひろお / 作曲:聖川湧 / 編曲:丸山雅仁)で歌手デビューした。『三味線わたり鳥』は、メジャー調アップテンポで、明るい響きで実に気持ちいい歌声の、元気をもらえる応援歌。その伸びやかな歌声と、溌剌とした若々しい歌声が評価され、その年の「第55回 輝く!日本レコード大賞」では、福田こうへい らとともに新人賞を受賞、「第46回 日本作詩大賞」にも入賞した。
杜: 本当に何も考えるヒマがないくらいで、上京して、もうすぐレコーディングして、レコード大賞の新人賞までいただいて、なんかちょっと夢見てる感じっていうか、ふわふわしてるまんま……。なんか、その当時、本当にいろんなところにお邪魔させてもらったりとかして、本当にお休みもなく、振り返るヒマもなく飛び回ってたんですけど、もうとにかく「毎日、必死」みたいな感じでしたけど、充実した日々を過ごさせてもらって、楽しかったですね。
5 歌手デビュー 10周年 〜「伝えることに意味があるっていうか…」〜
ーー 今年、2023年6月21日に発売された最新シングル『葦風峠』は、歌手デビュー10周年記念となる通算10枚目シングルだ。今作のようなマイナー調の楽曲は、民謡調の演歌『追分みなと』(2015年、3rd single)やドラマティックな3連の王道演歌『鴎の海峡』(2016年、4th single)や『郷愁おけさ』(2020年、9th single)と、10作中 4作あるが、杜このみの場合、演歌歌手では珍しく、デビュー曲の『三味線わたり鳥』(2013年、1st single)をはじめ、『のぞみ酒』(2014年、2nd single)、『くちなし雨情』(2018年、6th single)、『花は苦労の風に咲く』(2019年、7th single)、『王手!』(2019年、8th single)、そして、「第59回 日本レコード大賞」で日本作曲家協会選奨を受賞し、ファンからも根強い人気の『残んの月』(2017年、5th single)と、10曲中 6曲がメジャー調の曲だ。キラキラした明るい響きの歌声が、メジャー調の曲によく合うからだろう。
ーー この10年を振り返って、今、思うことを聞いてみた。
杜: いや〜、そうですね〜、とくにないですね〜……(笑)。なんか本当に早くて、あっという間すぎて……。なんですかね……、10年ってすごい先輩ってイメージがあったんですけど、「本当に、こんな変わらないまま 10年になっちゃってやばいな」みたいな感じで……(笑)。逆に言うと、本当に周りの方がしっかりして見えるというか、新人さんとかでもしっかりされている方が多くて、そこについていってる感じっていうか……(笑)。なんか、「こんな感じでいいのかな〜?」みたいな……(笑)。
ーー しかし、もはや、新人という枠には入らない。
杜: そうなんですよ。それがちょっと気まずいというか……(笑)。10年って「まだ新人」って自分では思ってるけど、全然、新人じゃなくて……、かと言って、やっぱり大先輩の枠でもないので、なんか今ちょっと……。でも、今が一番、客観的に見れるというか、自分をこれまで振り返ったりとかして、「やっぱ歌うの楽しいわ〜」って思って。先日、(細川たかし)師匠と会ったときにも、「やっぱ、このみは歌うの好きだね〜!」って言ってくれたんですけど、なんかその言葉に尽きるというか……、歌うのが好きだから(産休・育休後)戻ってきたんだな〜って、自分でそう思ってて……、はい。
ーー 今でも、民謡もよく歌う。2019年1月には、「江差追分 全国大会」の歴代優勝者が集結した公演「江差追分 札幌コンサート」(札幌文化芸術劇場 hitaru)にゲスト歌手として招かれ、持ち歌と、『江差追分』のさわりを一節歌った。また、第1子 出産後の2022年4月に東京で行われた「杜このみ 復帰コンサート」でも、『灘の酒造り唄』『南部俵積み唄』『津軽じょんから節』などを披露した。さらに、このコンサートでは、ジャジーにアレンジされた『バス・ストップ』(平浩二)、『時の流れに身をまかせ』(テレサ・テン)、『生命(いのち)』(松山千春)などのポップスや歌謡曲のカバーも見事だった。
ーー 民謡や演歌と、ポップスや歌謡曲では、意識して歌い方を変えてるのだろうか?
杜: いや、逆に、コブシの方が意識してまわしてますね。なんか、レコーディングの前の段階ですけど、(コブシを)何個にしようかなとか……。なんか、最近、気づいたんですけど、歌謡曲とか演歌とかっていうジャンル分けって、昔は、多分、なかったと思うんですけど、「どっちもできないと駄目だな」ってことに気づいて、やっぱり、(美空)ひばりさんとかもそうですけど、歌謡曲っぽい歌ももちろん歌えるし、それは、その曲の魅力としてあえてコブシを入れないのであって、(美空)ひばりさん自身はコブシはめちゃくちゃ回るじゃないですか。だから、その技術のひとつだなって……、コブシって、個性じゃじゃなくて、自分の強みだなってちょっと思って。
ーー たしかに、コブシだらけにすれば、いい歌になるわけではない。あくまでも、伝えるための技術のひとつだ。
杜: そうですね、伝えることに意味があるっていうか……。最近、産休・育休でちょっと離れてる間に、客観的に、これまでのいろんな自分の作品とか聴いたときに、「こんなにいい作品たくさんいただいてるのに、もっと頑張らないと駄目だな」とか、いろいろ思ったりとかして……(笑)。なんか、その作品ごとに、その曲調に合った歌を歌えるっていうのが一番強いなと思ってたので、それから歌謡曲とかも練習するようになって……。ボイトレの先生のところに行ったときにも、「このみちゃん、歌謡曲っていうか、そういうポップスっぽい歌とかも、ちょっと歌えるようになってきたわ」って言ってもらえて、すごい嬉しくて……、練習しています。
ーー リズム感もいいし、ポップスや歌謡曲も、前からうまく歌えてると思う。そもそも、デビュー曲の『三味線わたり鳥』を初めて聴いた時に、民謡出身の歌手らしい無理のない伸びやかな高音や、綺麗なコブシまわしに加えて、民謡出身の演歌歌手らしからぬリズム感の良さに驚かされた。多くの演歌歌手とは全く違うリズムのノリ方で、歌のグルーヴが実に心地よい。民謡出身の演歌歌手で、これほどポップに歌える歌手は珍しい。だから、ポップスのカバーを歌ってもうまい。
杜: うれしいです……、ありがとうございます。もっと、いろんなジャンルに挑戦していきたいです。
6 妻として、母として、歌手として 〜「本当に感謝だなと思います…」〜
ーー 2019年10月に大相撲の髙安関との婚約発表し、2020年8月には結婚と妊娠を発表。その後、第1子の出産後、2021年4月に一度は復帰コンサートを行ったが、第2子の妊娠のため、再び、産休・育休に入り、今年、2023年に完全復帰した。6月2日には、髙安関の地元、茨城県の筑波山神社にて、そして、6月12日には、杜このみ の地元、北海道神宮で、3年越しの挙式が執り行なわれた。
ーー 現在、大相撲力士の妻であり、長女(2歳)と長男(1歳)の母であり、歌手でもあるという忙しい毎日の中、最近、聴いている音楽を聞いた。
杜: それこそ、最近は、歌謡曲を……、髙安の影響もあって、めちゃくちゃ聴くようになったんです。髙安は歌謡曲が大好きなんですよ、(石原)裕次郎さんもあったりとか……。その影響で、いろいろとやっぱ家で歌ってるので、それを聴いて……、私の知らない曲、昔の人の曲とか、めっちゃ知ってるんですよ。
ーー 家では、髙安関が、好きな歌をかけながら一緒に歌ってたりするようだ。
杜: そうです、そうです。ウチでは、携帯で、ずっと音楽が流れてるので、娘も、もう「♪バスを〜 待つ間に〜」とか「♪あやまち つぐなう その前に〜」(『バス・ストップ』)とか言って、2歳が熱唱してるんですけど……(笑)、それくらい、やっぱ歌謡曲を聴く環境がまた増えました。本当、これも何か運命だなと思うんですけど、髙安と会ったことによって、それまで聴くことなかった、また違うそういうポップス寄りの作品だったりとか、また、ちょっとジャンルを切り開くじゃないですけど、いろいろ聴くようになりました。これまでは、「民謡か演歌」って思ってたんですけど、「歌謡曲って、またちょっと違うな〜」と思って、勉強してます。で、それまでは、「民謡のコブシを抜こう」とか、「演歌のコブシをマスターしよう」ということで、すごい、いっぱいいっぱいになってたんですけど、そうじゃないなと……。でも、やっぱ、髙安が『バス・ストップ』とか歌うとめっちゃうまくて、「チクショ〜!」みたいな感じですね……(笑)。
杜: コロナ禍のときに、お相撲さんもやっぱり巡業がなくなったりとかして、演歌の方もやっぱ営業がなくなっちゃったりとかしてて、「家でギターの練習しよっか」っていう話になって……(笑)。で、ギターの練習とともに、「♪森と 泉に かこまれて」(『ブルー・シャトウ』)とかって、歌謡曲の練習も結構してて、その時間が、今になってみればよかったなと思うんですけど……(笑)。
ーー 髙安関は、歌が上手いことでも知られている。もともと、杜このみ との出会いも、2016年2月に行われた NHK のイベント「福祉大相撲」での「お楽しみ歌くらべ」という歌のコーナーだった。髙安関は、毎年、その「福祉大相撲」で見事な歌声を披露している。そんな髙安関は、杜このみの歌については、なんと言っているのだろうか?
杜: めっちゃくちゃ応援してくれてて、多分、誰よりも……。巡業も始まったので、いろんなところで「ポスター貼ってもらえませんか……」って言ってるみたいです……(笑)。そうです、一番なんかもう営業してくれてて……、はい、ありがたいなと思います、ホントに。
ーー 結婚、出産を経て、環境も大きく変わったことで、きっと、何か変わったこともあるに違いない。
杜: そうですね〜……、なんか、私自身は、とくに変わったところはなくて……(笑)。
ーー しかし、大相撲力士の妻であり、長女(2歳)と長男(1歳)の母であり、歌手でもあるということは、相当、大変だろうと思う。
杜: はい、大変ですね、めちゃくちゃ……(笑)。(髙安関の実家の土浦の)おじいちゃん、おばあちゃんが、子供たちの面倒を見てくれてて、子供たちが行ったりしてるんですけど……、結構、ちょくちょく「1ヶ月行ったきり」とかもあるので、すごい寂しいんですけど……、はい、なので、テレビ電話しながら……。
杜: でも、すごく、何か、環境が本当に……、それもご縁というか本当に感謝なんですけど、髙安関のお母さん、フィリピンの方なんですけど、すんごい明るくて、もうめちゃくちゃハッピーオーラ満載の方で、「このみ がシンガーなのが嬉しい」って言ってくれてて、「仕事、頑張ってね〜」「子供たちは大切に見てるからね」って言って応援してくれてるので、そういう環境が整ってるのが本当に感謝だなと思います。
ーー 歌手としては、自身の活動のほかにも、同じく、細川たかしの弟子の歌手、彩青(りゅうせい)、田中あいみ らとともに、「細川たかし一門」でのコンサートも、全国各地で数多く行われている。また、今年、2023年9月には、台湾でのコンサートにも参加した。
杜: はい。この時は、(細川たかし)師匠と私とのコンサートで、これ、実は 2回目で、前回は結構前なんですけど、8年近く前ですかね、コンサートがあって……、で、今回も「細川たかし一門」って形じゃなくて、2人で行ったんですけど、楽しかったですね。
杜: 台湾の方って、結構、日本語のお上手な方が多くて……、最初、いろいろと不安で、「台湾の言葉でちょっとご挨拶しなきゃ」とか言ってやってたんですけど、結局、みんなになんか笑われて、日本語が全然通じるっていう……(笑)、そういう感じになったんですけど……(笑)。でも、また、2回目の公演をさせてもらって、あらためて、「やっぱり世界で、いろんな国でやりたいな」ってちょっと思うようになりました。演歌の魅力って、日本にとどまってちゃ勿体ないなっていうか……。
ーー 台湾の公演では、民謡も歌ったのだろうか?
杜: あっ、はい、民謡も歌いましたね、ちょっとだけ……。結構、やっぱ、演歌ファンの方が多いって話だったので。
ーー 杜このみ がカバーしていて、シングル『花は苦労の風に咲く』のカップリングにも収録されている『時の流れに身をまかせ』は、当然、テレサ・テンの母国である台湾でも人気の曲だが、歌わなかったようだ。
杜: いや……、そうなんですよ〜。それも歌えば良かったって、今、思ったんですけど……。そうなんですよ〜、だから、ちょっとミスったなと……(笑)、次回は……(笑)。
ーー 今年の12月、2023年12月23日(土)には、「杜このみ クリスマスコンサート / クリスマス会」が、東京「日本橋三井ホール」で行われる。
杜: こういうパターンでやるの初めてなんですけど……。これまでクリスマスにコンサートってやったことなくて、今回、やるってなったんですけど、せっかくだから、その会場でそのまま、なにかクリスマス会みたいなことをやるんですけど、まだ、ちょっと、どうなるかは……(笑)、何をやるんだろう……(笑)。
ーー そういうコンサートの選曲をするときは、自分の意見も言うのだろうか?
杜: まあ、それも最近……、「これ、どうですか?」って言うようになったんですけど、基本的には、もう(ディレクターや演出家に)おまかせというか……。でも、今回、新しいカバー曲とかもやりたいですね。ちょっと英語の歌に挑戦したいなと思ってて、おばあちゃん(髙安関の母)の影響なんですけど、「なんか英語もいいんじゃない?」みたいな感じで。
ーー 今後、やりたいことを聞いた。
杜: そうですね〜……、今、一番、これからやりたいことは、これまでやっぱりそういう「民謡調の演歌」だったりとか、「演歌っぽい作品」だったりというのも、もちろんすごく自分自身も好きなので、これからも、もちろんそれを芯としてやっていきたいんですけど……。なんか「細川たかし師匠がこれまでどういう作品を歌われてきたんだろう」って振り返ったときに、「リズムに乗った、すごいポップな明るい感じの歌謡曲」だったりとか、なんかそういう「日本を笑顔にするような歌」を歌いたいなと思ってて、それは別に演歌じゃなくてももちろんいいんですけど、「とくにコブシとかにこだわらない明るい歌も歌いたいな」ってちょっと思ってます。
ーー 今でもカラオケ人気曲の『北酒場』(作詞:なかにし礼 / 作曲:中村泰士、1982年)、「♪生ビ〜ルが あるじゃないか〜」で知られるコピーライターの糸井重里が作詞を担当した『応援歌、いきます』(作詞:糸井重里 / 作曲:岩崎元是、1991年)のような細川たかしの曲のことだ。『応援歌、いきます』は、2018年に、細川たかしと杜このみのデュエットで『新・応援歌、いきます』としても発売されている。
杜: そうです、そうです。これまでも、いろんなことをさせてもらってきたんですけど、やっぱりその王道の演歌が歌えるようになっていきたいですし、そういうポップスも歌えるようになっていきたいですし、なんか、なんですかね……、演歌ファンの皆さんからもそうだし、演歌をこれまで聴いたことのない方たちにも、演歌歌手として認めてもらえるような、認知していただけるような、そういういい歌を歌っていきたいなと思ってます。
(取材日:2023年10月10日 / 取材・文:西山 寧)
杜このみのデビューまでのヒストリーをもっと知りたい方はコチラ↓
いろんなことがわかる! 杜このみ ロングインタビュー!(2020年6月)
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