2023年4月5日に“日食なつこが”ミニアルバム『はなよど』をリリース。今作には、必ずしも明るく華やかではない、彼女らしい“春”を描いた7曲が収録されております。ストレートな思いや音があふれた、物悲しくも柔らかいコンセプチュアルな作品に。
さて、今日のうたコラムでは、そんな最新作を放った“日食なつこ”による歌詞エッセイをお届け。今回は第2弾。綴っていただいたのは、今作の収録曲「ダム底の春 feat.Sobs」にまつわるお話です。
人に花を贈るのにハマっていた時期があった。
飲食物や雑貨の贈り物も選ぶのはもちろん楽しいけれど、花は人のために選ぶという気持ちが特別に強くこもる気がする。自分自身のために花を買う習慣がない、ということもあるのかもしれない。
用がなくても花屋の前を通りがかるとちょっと立ち寄って、この花とこの花が並んでる、じゃああの人に贈るイメージで、こんな雰囲気で、ここをこうして…なんてブーケ作りの構想を繰り広げ出すこともある。
はなから買う気が無いので店側からしたらとんだ迷惑な冷やかし客だし、いきなり妄想の対象に据えられる相手もそうと知ればさぞ気色悪かろう、ということは一応きちんと自覚しているつもりなのでひとつご容赦いただきたい。
これはただの自己満足なイメージ遊び。ここから何か面白い曲や企画を思いついたりするかも…なんてことまで考えていたりもして、本当に自分のため。ひとしきり妄想を散らかしたら、あとは満足げな薄ら笑いを浮かべ店を立ち去るのである。
こうして書いてみると改めて誰も得をしない謎行為であることが分かる。気をつけたい。
でもあの時は、ちゃんと贈りたい相手がいた。
実際このあと会いに行って、おめでとう、いつもありがとう、よかったらこれ、という言葉と共に花束を手渡そうと、現実的な計画を立てた元で、あの日私は花屋に立っていた。
祝い事だった。だから華やかで元気のあるブーケにしようと、バケツから花を抜いては挿し、手持ちの花と組み合わせては戻し、長いこと頭を捻ってそれを作った。ラッピングもきちんとしてもらった。正直、かなり高かった。でもよかった。予算を大きく上回った割にはすぐ枯れて捨てられる運命にある消えモノでも、相手のことを考えれば価値は余りあった。
春の嵐が吹き荒れるひどい天気だった。
車が目的地に着こうかという頃になり、ふと窓の外に異様な明るさを見留めて、私は助手席側のウィンドウから横目で外を見やった。
花だ。花が行列になっていた。大きな花、高そうな花、立派な飾り付きの花…。
片田舎のがらんと開けた僻地に突然それは現れた。その場所にはおよそ不釣り合いな色彩感で、豪奢なスタンド花の数々が、それを受け取る主がいる家屋の入り口へと見事な列を成していた。
みんな考えることは同じだった。私が慕う相手は、私以外からも慕われる存在だったのだ。
助手席に目をやる。あれほど気持ちと時間をかけて作った花束が、泣きたいほど粗末なものに見えた。殴りつけるような風雨。整地されたてで遠目からでも分かるくらいぬかるんでいる駐車場。迷いは1秒にも満たなかったかもしれない。出しかけたウィンカーを戻し、アクセルを踏み直す。巨大な花たちが残像の塊となって後ろへ流れる。花を贈りたかった相手、そして大勢からそれをまさに今祝われている最中であろうその場所を、私は一直線に通り過ぎた。
薄暗い車内で、助手席に寝かせた花束だけが場違いの明るさで主張をし続けていた。
弔わないと。このまま持ち帰ったらあの駐車場の泥みたく、きっとひどくぬかるんで傷になる。
山奥へと車を走らせた。どうしようか、何をしたいのか、考えもついていなかった。
不意に晴れ間が現れ、にわかに射した陽光で雨に濡れた山の草花がはち切れそうなくらい輝いていて、足の踏み場もないくらい、そこは春だった。
車を停める。花束を掴んで外に出る。眼前には、新鮮な雨水で満たされた無人のダムが広がっている。渡せなかった花も、存在させられなかった愛も、ひといきに飲み込んでくれそうな美しいグリーンブルーだった。
◆ミニアルバム『はなよど』
2023年4月5日発売
<収録曲>
01. やえ
02. ダム底の春
03. 夕闇絵画
04. 幽霊ヶ丘
05. diagonal
06. ライオンヘッド
07. 蜃気楼ガール