
今月のスポットライトは、別次元の歌唱力で日本の女性ロックシーンを切り開いてきた、
浜田麻里の代表曲「Return to Myself」を取り上げます。



中学時代には既にプロとしてCMソングを歌う仕事を始めていたという浜田麻里。高校時代にディープ・パープルやレインボーをコピーするバンド活動を始め、ハードロックの世界に足を踏み入れる。1983年、アルバム「LUNATIC DOLL~暗殺警告~」でデビュー。雑誌広告には、一見アイドル風のおとなしそうな写真に、糸井重里が考案した有名なキャッチコピー「麻里ちゃんは、ヘビーメタル。」が添えられた。そんなビジュアルとは裏腹に、ラウドネスの樋口宗孝がプロデュースを手がけたサウンドは本物のヘヴィメタル。日本人女性による超音波級のハイトーン・ボイス、攻撃的なシャウトは、それまで誰も聴いたことがないものだった。ライブではワイルドな衣装で髪を振り乱しながら観客を煽り、ステージを駆け回り、ミニスカートでハイキックを放つ。
まさに聴く者をねじ伏せるような圧倒的パフォーマンスで、彼女は「メタル・クイーン」と呼ばれた。
早い段階からセルフプロデュースを志向し、すべての作詞を自身で手がけるようになった彼女は、アルバム制作のためにアメリカへ飛び、ロサンゼルスで一流のミュージシャンと意見を戦わせながらレコーディングを重ねた。より幅広いリスナーに聴いてもらうことを意識し、ハードなボーカルの持ち味を活かしつつも、親しみやすいメロディーと歌詞で、徐々に楽曲にポップス色を取り入れていく。
そんな中、88年9月に発表したのが「Heart and Soul」だ。ソウル五輪開催にあわせ、この曲はNHKがオリンピック関連番組にテーマ曲を採用した最初の例となった。力強く前向きな内容で、競技に挑む各国の選手たちの姿と共に視聴者の耳に焼き付き、感動を後押しした。浜田はこの曲でザ・ベストテンに初ランクイン。サビ部分で、両腕を大きく斜め上に広げてダイナミックに歌う姿は印象的で、その美貌とパワフルな歌唱力を見せつけた。それまでテレビ歌番組にはほとんど出ていなかったが、ベストテンを皮切りに積極的に各局の歌番組に出演した。
「Heart~」で手応えをつかんだ浜田麻里が、次に発表したのが「Return to Myself」である。カネボウ化粧品'89 夏のキャンペーンソングとして作られ、CMで大量にオンエア。明るくポップな曲調でヒットする。ザ・ベストテンには5月11日に初ランクイン。この日はTBS社屋の屋上に彼女のためだけの特設ステージが組まれた。あいにくの雨となったが、夜の赤坂の街をバックに鮮やかなライトが照らす中、バンドを従えて歌い、野外ライブさながらの迫力のパフォーマンスを見せた。10週にわたってランクインし、最高3位を記録。自身初のオリコン1位を記録するなど、最大のヒットになった。
このシングルには「しない、しない、ナツ。」というサブタイトルが付けられている。今となっては何の意味なのか分かりづらいが、これは前述のカネボウのUVカットファンデーションのCM(出演は大塚寧々)のキャッチコピー「化粧なおし、しない、しない、ナツ。」を歌詞に取り入れたためだ。「化粧なおし」の部分は「自分染めなおし」と、やや耳慣れない言葉に置き換えられている。浜田麻里の楽曲群は現在に至るまで例外なく英語タイトルに統一されており、このサブタイトルは異色の存在。その後のアルバム収録時には省かれている。
「Return~」は中高生までもが口ずさむ大ヒット曲となり、浜田の知名度を飛躍的に上げ、大きな転機となった。この年にベストテンが終了した後も、普遍的な人間愛が込められた歌詞と美しいメロディーの作品を生み出し続け、それらは数々のCMソングや番組主題歌に起用され、聴く者を元気づけた。
浜田は現在も真摯に音楽活動を続けており、クオリティの高い作品を作り続けている。ライブでは「Blue Revolution」「Don't Change Your Mind」といった初期のハードロックの人気曲まで披露。30年のキャリアを重ねてキーが変わらぬどころか、より伸びのあるボーカルを聴かせている。まったく音程の乱れがない抜群の歌唱力は、まさに別次元。エレガントさを漂わせつつ、まるで時が止まったように変わりないルックスも驚異的である。2016年には、オリジナルアルバムとしては25枚目となる『Mission』を発表。そのタイトルに絡めて、あらためて「歌手は天職」「歌うことに使命感を持っている」と語っていた浜田麻里。女性ロックシンガーの先駆者の一人として、誰も行ったことのない道の先で挑戦を続けるそのスピリットに、敬意を表したい。