—まずはあらためて、30周年おめでとうございます。激動の音楽界で、これほど長く活動を続けるのは並大抵のことではなかったのでは。
中村:ありがとうございます。私がデビューした当時は、今と違ってデビューするアーティストの数もそれほど多くはなかったですからね。女性ロックシンガーとしては山下久美子さん、白井貴子さんがいて、その次に出たのが私。比較的早い段階から歩いてこられたおかげというのがまずあります。そして何より「翼の折れたエンジェル」という普遍的な歌をうたえたことが、長く活動してこられたいちばんの理由ですね。スタッフの頑張りで、皆さんに忘れられない程度にメディアに出してもらうこともできましたし。だからこうして30周年を迎えることができて本当によかったなと思います。実は10年くらいお休みしていた期間があったので「30周年なんてとんでもない、20周年ですよ」と言ってたんですが、「そういうわけにもいかないよ」と言われて(笑)。その10年の間には、結婚と出産と離婚を経験しました。そこであらためて自分の居場所を考えた時、やっぱり歌なんだなということを確信したんです。
—本格的に復帰したのは2004年ですね。
中村:復帰しようとした時に、私の居場所がある保証はなかったけれど、私の場合は運が良かったというか。かつて「翼の折れたエンジェル」がヒットした頃にまだ学生だった皆さんが、業界でそれなりのポジションに就いていらっしゃったことで、私が復帰する時にすごく応援していただけたんですね。かつて日清食品さんのカップヌードルのCMソングだった「翼の折れたエンジェル」を、復帰後はキリンビールさんがCMに起用してくれたのも大きかったです。だから私は、人生の節目節目で常に「翼の折れたエンジェル」に助けられて生きていくんだなと(笑)。
—デビュー時からあゆみさんをプロデュースした、高橋研さんの作詞・作曲。今聴いても色褪せていない名曲ですね。
中村:やはりあの歌詞の世界が、誰もが10代から20代にかけて経験する、胸にキュンと来ること、ため息を覚えていくこと、青春の中でちょっとずつ大人に向かって階段を上っていく時に、心に刺さる世界を歌っているからでしょうね。ありがたいことに、若い人もみんな知ってくれてるんです。歌ってる本人のことは知らなくても(笑)。とても硬派な歌で、いったん皆さんの心にしみついたら離れない歌。そういう曲でヒットできたのはとても幸運だったし、うれしいことですよね。あの曲がなかったら今の自分のポジションはなかっただろうし。
—何度も質問されたことだとは思いますが、大ヒット曲のイメージが強すぎる故に、それが時に重荷になったりすることもあったのでは。歌番組に出ても、歌うのは「翼の折れたエンジェル」だけだったり。
中村:ヒット曲を持つ人は皆さんそうだと思いますよ。やっぱり多くの方が求めている曲なので、期待には応えたい。ただ私の場合、「翼の折れたエンジェル」を、また歌うのか…と思ったり、歌うことが苦になったことは全然ないんです。ヒット曲を持つということは、したくても出来ないことですから。むしろ、欲張りなのでヒット曲がもっとたくさん欲しいくらいです(笑)。
—高橋研さんをはじめ様々なプロデューサーと組みながらも、かなり早い段階からアルバムの中などで自分で詞を作って歌っていました。
中村:そうですね。ただ、本当に自分が納得できる歌詞を書けるようになったのは、復帰してちょっと経ってからです。今振り返ると、それまではすごく稚拙な歌詞が多かったと思います。だから、その頃の歌詞を見られるのは照れがあるし、できることなら消しゴムで消してしまいたいものもあります。「歌ネット」みたいなサイトが出来るんだったら、自分で詞なんか書かなきゃよかったかも(笑)。
自分の書くメロディにはけっこう自信があったんですけど、どうしても歌詞がイマイチで、もっとクオリティを上げたいと思っていたんです。そこで、作詞家の吉田健美(たてみ)という先輩を捕まえて、初めて作詞のイロハから教えてもらったんです。彼はアニメ「ドラゴンボール」の歌(※EDテーマ「ロマンティックあげるよ」)とかも書いていて、頭の中にたくさん辞典が詰まっているような人。女性のスポーツ競技について語らせたらすごいし、そうかと思えば、古典文学とかの知識にもすごく長けている。だから「私の踏み台になって!」とお願いしたくらい(笑)。そこから、初めて歌詞を書くことがすごく楽しくなったんです。
そうやって復帰第一弾のアルバム『Yes』(2005年)を作って、『グレープフルーツムーン』『1966628』『AYUMI ON!』といったアルバムが出来ていった。私のいちばんオススメしたいアルバムは『AYUMI ON!』です。この歌詞の世界は、かつて自分でやろうとして出来なかったことが、あぁこういうふうにやればいいんだというのが分かってきて、この時にやっと完成した感じなので。歌詞って、つい難しい言葉やかっこいい言葉を並べたくなるんですけど、特別な言葉を使わなくてもいいんですよね。詞と曲が見事にマッチングしてはまった時って、男の人と女の人の運命的な出会いに近いものがあって、まるで自分が恋のキューピッドになったような気持ちになる(笑)。そういう瞬間をいくつ作れるか、なんですよね。
—作詞家さんからの提供や、一緒に共作した作品も多いですが、自分で100%詞を作ることには必ずしもこだわらないのでしょうか?
中村:それは全然ないです。なぜかというと、目的は「いい作品をつくること」だから。そのためには、自分で書いたものであろうと、誰かが書いてくださったものであろうと構わない。「きっとあゆみだったらこういう気持ちを歌えるだろう」という思いを込めた作品を書いてくれて、それに私が乗っかって、吸収して、自分の言葉にして表現して、人の心を感動させられたら、それが一番ですから。
私が大好きな、小田和正さん、浜田省吾さん、松任谷由実さん、中島みゆきさん、竹内まりやさん…。才能にあふれて長年活躍している皆さんと違って、私は穴だらけ。だからこそ、その穴を埋めるために、いろんな方の力を借りて作っていくんです。そうやって他の方に書いてもらうことで、じゃあ私だったらこう書いてみよう、と刺激を受けるし、自分の中で錆びない部分を持っていられる。今後もぜひ、素晴らしいセンスや才能を持っている人の力を借りたいですね。
—30周年記念アルバム『Chameleon』には、松井五郎さんを中心に、様々なミュージシャンが作品を提供しています。制作の経緯について聞かせてください。
中村:30周年をお祝いして、他の人たちから書いてもらうのはどうですか?という話になって。「中村あゆみの知らない"中村あゆみ"」というのがコンセプトでした。スーパーバイザーとして10曲の作詞をしてくださった松井五郎さんは、いつかこの方の作品を歌いたい、とずっと思い続けていた人。今回「あゆみちゃんにしか歌えないものを」と、結構本気モードで書いてくださったそうでうれしかったです。「僕の作品は、後からじわじわ来ますから」と言っていました。確かに、歌っているうちに「あぁ、こういうことなんだ」というのを感じた瞬間が何度もありました。そんなに難しい言葉は使っていないのに、癖になるような感覚がある。深いんですよね。
—あえてこれまでの集大成的な内容ではないのが意外でした。多くの人が持っているであろうあゆみさんのイメージを見事に裏切ってくれる曲の数々です。
中村:カバーアルバム『VOICE』3部作で、いろいろな名曲を歌った経験が大きかったです。ボーカリストとしてこれから何を歌い、どう進んでいけばいいか、自分の立ち位置を確認できたので。カバーアルバムで歌ったのは、すべてオリジナルが男性ボーカリストの曲だったんです。それに対して、今回の『Chameleon』では、ほぼすべて女言葉の歌になっています。復帰してからの作品はほぼすべて男言葉だったので、女言葉の歌に挑戦するのは初めてだったんですよ。ディレクターと松井五郎さんがいろいろ考えながら作ってくれました。中でも「恋ノ乱」という曲は、「えっ、松井さん、私のプライベートを見てたんじゃないの?」と思うくらい、自分では絶対に恥ずかしくて書けないような世界を書いてくださってびっくりしました(笑)。あと、「窓辺」という曲もすごくて。
—「好きだったあの人が死んだ報せを受けました」という、衝撃的な歌い出しの歌ですね。
中村:最初に歌わせていただいた時、この詞の世界からすぐにイメージしたのは、ちあきなおみさんの「喝采」でした。昭和の歌謡曲の世界ですね。そんなふうに、今回はアルバム全体が大人の女心を歌った作品ばかりで、完全に年齢層高めの人たちがターゲットでしたから。若い人は聴いてくれなくてもいいや、くらいの勢いで(笑)。
—まさに変幻自在のカメレオンのようで、あゆみさんはロック歌手というより、ボーカリストだったんだと再認識しました。
中村:私は、目指している理想の人がロッド・スチュワートなんですよ。彼は「アイム・セクシー」のようなロックも歌えるし、フランク・シナトラのようなスタンダードも歌えるし、自分の作品をアンプラグドでセルフカバーしているのも素晴らしいし。ボーカリストとして、エンターテイナーとして、本当にすごいと思う。やっぱりそこを目指していきたい。たぶん、中村あゆみの90%はボーカリストなんですよね。ソングライターの部分は残りの10%に過ぎなくて。だから私は、自分と違ってソングライターとしての能力が80%以上を占めているような人と組むのがいいんですよね。高橋研さんとのコンビネーションが上手くいっていた理由はまさにそこだと思います。
—ラストに収録されている「あゆみ」は、玉置浩二さんが書いた曲ですね。
中村:2年ほど前にディナーショーをやった時に、「中村あゆみ応援会長」を自認してくださっている小倉智昭さんも見に来てくださって。その時に私が安全地帯の「恋の予感」をカバーして歌ったんです。それを聴いた小倉さんがすぐ玉置さんに連絡して「玉置くん、あゆみちゃんがもうすぐ30周年なんだけど、曲を書いてあげてくれないか」と頼んでくださったんですね。そしたら玉置さんもすぐに快諾してくださって。だからあの曲は、小倉智昭さんと玉置浩二さんが私にプレゼントしてくださったようなもの。「前を向いてしっかり歩いていけるように」というメッセージの込められた曲で、玉置さんからは、アコギ一本で歌ったデモ音源をいただきました。すごくうれしかったですね。宝物として大事にとってあります。玉置さんのあの声も、書く曲も好きなので。
小倉智昭さんは「ロックでパワフルに歌うのもいいんだけど、あゆみには、素敵な女性の歌、大人の恋の歌をうたえる歌手として生き残っていってほしい。あらゆるアーティストのコンサートを見てきた僕が言うんだから絶対間違いないよ!」と言ってくださいました。
—昨年のライブで「あゆみ」を初披露した時、感極まって泣いてしまう場面がありましたが。
中村:全然泣く予定はなかったんです(笑)。歌っているうちに、いろんな思いが胸の中にオーバーラップしてきちゃって。いろいろあったな、よく頑張ってきたな、でもまだまだだな…とか。何より、30周年という時に自分がこうやってステージの上で歌えていることに感動したんですよ。小さい頃は何一つ長続きしない子だったのに(笑)、歌だけは長続きしてやってこれた。ファンの皆さんも、こんなわがままな私の人生に付き合ってくれて、本当にありたがい…。あの時は、そんな気持ちが一気に噴き出しちゃいましたね。
—ファンの皆さんも長年応援している人が多いですよね。ライブにお子さんを連れてきたり、なんてことも?
中村:そういう人たちも増えてきてますね。ただ年齢的に、まだ子供さんが小さくて面倒を見ていないといけないので、という人もまだ多くて。だから私も、そういう人たちが久しぶりにライブに来てくれる日を楽しみにしています。そうそう、お子さんに「あゆみ」って名前をつけてくれてるファンの人も多いんですよ。デビュー当時は一般的に「あゆみ」って名前は珍しかったのに。うれしいですよね。
—そんな音楽業界の荒波を越えてきた(?)あゆみさんから見て、今の音楽シーンでこれは!と思う若手アーティストは?
中村: クリープハイプ。好きですねぇ。何がいいかというと、声。音楽の世界で生き残っていくためには、やっぱり声に特徴がないとダメだと思う。オンリーワンの声を持ってるかどうか。ただ可愛いだけ、綺麗なだけの声なら代わりがいるけれど、代わりのきかない声ってのは、いいですね。クリープハイプには、それを感じました。もちろんバンドとしてのサウンドもすごく好きだし、それに乗せてあの声で歌われると、妙な説得力があるんです。
—では最後に、30周年を締めくくって、さらに次にやってみたいことは?
中村:今回の『Chameleon』に作品を提供してくださった人の中から、またこの人の作る歌をうたいたいな、という気持ちが既にあります。そうやって他の人に作ってもらう部分を残しながら、これまでやってきたロックをもうちょっと上達させたようなものを組み合わせて曲を作りたい。もう次のアルバムに向けて、そんな事がおぼろげに見えてきています。それから、最近やっと、相川七瀬ちゃんとか、バービーボーイズの杏子ちゃんとか、SHOW-YAの寺田恵子ちゃんとかと仲良くなって、みんなで集まって「ロックの女子会」が出来るようになりました。今度面白いことやろうぜ!なんて話で盛り上がっているところです。そのうち何か形にできるといいですね。
初回限定盤デラックス・エディション(CD+DVD)WPZL-30982/3 ¥4,259+税
通常盤WPCL-12048 ¥3,000+税
1.あなたしか覚えてない 作詞:松井五郎 作曲:上田知華
2.夕凪慕情 作詞:松井五郎 作曲:亀井登志夫
3.抱きしめてもらいなさい 作詞:松井五郎 作曲:伊藤銀次
4.窓辺 作詞:松井五郎 作曲:宮沢和史
5.Working Woman[ニュー・ヴァージョン]
作詞:中村あゆみ・吉田健美 作曲:中村あゆみ
6.星のささやき 作詞:松井五郎 作曲:尾崎亜美
7.Suddenly 作詞:松井五郎 作曲:IKEZO
8.おびえる果実 作詞:戸沢暢美・松井五郎 作曲:広谷順子
9.ふたりの事 作詞:松井五郎 作曲:上田知華
10.恋ノ乱 作詞:松井五郎 作曲:亀井登志夫
11.Cry 作詞:松井五郎 作曲:松田 良
12.あゆみ 作詞:須藤 晃、玉置浩二 作曲:玉置浩二
2015年8月23日(日) OPEN 14:00 START 15:00 日比谷野外大音楽堂
【出演者】
SHOW-YA、相川七瀬、渡瀬マキ、GO-BANG'S、Silent Siren、Gacharic Spin、中村あゆみ、
八神純子、Mary's Blood、Chelsy、渡辺敦子、富田京子(共にex.PRINCESS PRINCESS)、
小林香織、安達久美、山田直子、ERY 他
【お問合せ先】
ディスクガレージ 050-5533-0888(平日12:00-19:00)
1966年6月28日生まれ。血液型:O型。
1984年、デビューシングル「Midnight Kids」、アルバム『Midnight Kids』でデビュー以後、「翼の折れたエンジェル」「ONE HEART」「BROTHER」等、シングル32枚、ベスト盤4枚を含む全25枚のアルバムをリリース。1998年以降、音楽活動を一時休止していたが、2004年7月18日、加山雄三氏プロデュースによるイベント「湯沢フィールド音楽祭」へのゲスト出演をきっかけに音楽活動を本格的に再開。2013年6月に約7年ぶり14枚目のオリジナル・アルバム『AYUMI ON!』をリリース。2014年9月19日新宿ReNYにて30周年記念ライヴ「Ayumi of AYUMI〜30th Anniversary PREMIUM BEST LIVE at ReNY RUIDO 42nd Anniversary Premium Night」、11月4日ビルボードライブ大阪、11月5日名古屋ブルーノートでも30周年記念アコースティック・ライヴ「30th Anniversary Ayumi of AYUMI Premium Acoustic Live」を行った。2015年6月28日には、30周年の締めくくりとして、渋谷JZ Brat SOUND OF TOKYOでライブ「中村あゆみ'Chameleon night' Birthday」を行った。