第138回 Mrs. GREEN APPLE
 今回はMrs. GREEN APPLEの歌詞の世界を取り上げてみる。彼らは今現在、最も注目されているグループであり、2024年は、さらに飛躍していくことだろう。なお、詞と曲を書いているのは(一部共作を除き)ボーカルの大森元貴である。

歌ネットのリストを眺めても、多くの作品が多くの人達に検索されていることがわかる。そして今回、改めて歌詞を読み感じたのは、たとえそれが普遍的なテーマであっても、多彩なアイデアを施し、新鮮で、伝わりやすいものに仕上げていることだった。

ただ、大森のボーカルはシャウトからウィスパーまで自在であり、単に歌詞を読むだけでは掴めない部分もある。“ああ、ここは囁きながら歌うから、この言葉なんだな”、みたいなことも多い。

しかし、そんなこと言ってると始められないので、まず最初の曲を…。なお、今回は取り上げたい曲がいくつかあるので、1曲ごとの行数はいつもより短め。最初は最近の作品から選んだ。

photo_01です。 2023年7月5日発売
「ANTENNA」のキーワードは[アンテナコントロール]

 フリースタイルの束縛のないメロディが歌のテーマに合っている。多くの情報、感情が渦巻き、価値観も変化する今という時代を描いている。でも、それでも前へ進んでいこうとする勇気を授ける歌だ。

歌のなかで印象的な言葉を挙げるなら[アンテナコントロールして]だろう。真実を掴みとるには、単にアンテナを張るだけじゃなく、それをコントロールする必要がある。不必要なものを省くことも大事。そんな日常の“構え”を教えてくれている。

ただこの歌のアンテナというのは、よくスポーツの世界でやる仕草、誰かが人差し指を天に向け、みんながそこに集まり、心をひとつにする…、みたいなこともイメージさせる。その場合のアンテナというのは、指先のことだ。

photo_01です。 2019年1月9日発売
「僕のこと」のなかの「奇跡」と「軌跡」

 さて次は「僕のこと」。このタイトルをみた時は、独白ソングなのかなと思った。でも違った。歌の世界観は、内向きというより外向き。自分の存在を世の中に問いかけつつ、探っていく歌である。

歌の冒頭、主人公は[何かに怯えている]自分に気づく。でも次の瞬間、[みんなもそうならいいな]と呟く。

重要な役割を果たすのが、[奇跡]という言葉。歌の前半では[奇跡を唄う]と肯定的な表現として登場し、しかし後半、[奇跡は死んでいる] に変化。

さらに歌が進むと、今度は[軌跡]の二文字も登場する。同音異義語ゆえ、聴いているだけだと再び[奇跡]とも解釈できる。この場合、歌詞カードを眺めつつ聴くことも大切になる。

[奇跡]と[軌跡]には、どんな関係があるのだろう。[報われないこと]があろうとも、自分なりに[今日まで歩いてきた]ことこそが[軌跡]となり、それが結果として[奇跡]を生むこともある。そんな教えと受け取れる。歌のなかで、二つの言葉が繋がるのだ。

photo_03です。 2018年4月18日発売
ドイツの哲学者の言葉を用いた「アウフへーベン」

 こんなタイトルのものもある。この言葉はドイツの哲学者ヘーゲルによるものだ。対立する二つのものの片方を選ぶのではなく、また、両者の間を取って解決するのでもなく、対立するふたつを踏まえ、積極的に議論したうえで新たな次元へ辿り着く行為をこう呼ぶ。もともと哲学用語なので難解だ。

この「アウフヘーベン」という歌にはカギ括弧の台詞が連なるパートが二カ所ある。ここがまさに、[生きたりない][死にたい]、[逃げていたい][羨ましい]というように、対立する考えの中で葛藤する姿を描くのだ。

結論もスッキリしない。[心配ないよ。」と歌いつつ、[大勢が傷つくだけ]と続けたり、自分達の住む世界のことを[「歪んでいて綺麗なもの」]と表現する。綺麗事では終わらせていない。簡単に結論はでないけど、無責任な解答を振り回す励ましソングなどよりは、よほど信頼できる。

なお、この曲におけるメンバー・藤澤涼架のピアノは、とてつもなくカッコいい。『言葉の魔法』は歌詞のコラムなのだけど、ひとりの音楽ファンとして、ぜひ書いておきたい。

photo_03です。 2018年8月1日発売
今の季節は真逆だけど「青と夏」を

 とても人気のある「青と夏」である。もちろん夏の歌であり、この場合の“青”は青春のこと。この季節の歌というと、心も体も解放的になり、恋の予感も…、みたいなものが多い。この歌も基本そうなのだが、アプローチが細やかだ。

そもそも夏が解放的だというのは、世の中で“言われがち”なことではあるものの、百人が百人、そうなるわけじゃない。そのあたりをちゃんと押さえているから細やかだ。

出てくるのは風鈴の音色とか向日葵の風景とかである。まさに、“ザ・夏”って感じだが、実はワンコーラス目では、この歌の主人公は、[私には関係ない]と言っているのである。

でもそれが、[私にも関係あるかもね]に変化していく。なぜそうなるのかというと、「青と夏」という作品自体が、主人公を“そうさせる”からなのだ。[映画じゃない][主役は誰だ]、さらには[君らの番だ]という誘いだ。

誇張表現も冴えている。運命が[突き動かされ]、赤い糸が[音を立てる](←おいおいそれ、どんな音なんだよぉ~、と突っ込んでおく)。

やがて、当初は“傍観していた夏”のなかに、飛び込んでいる自分に気づく。映画の主役は自分自身になっている。そんなマジックが、この作品の魅力なのである。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

夏が暑かった年のみかんは美味しいという。我々は地球が沸騰する暑さに耐えたのだから、そのくらいのご褒美は当然だろうと思いつつ、しかし物価高騰の折、「理由(わけ)ありみかん」という、手頃な値段設定のものを一袋買った。私にとって、この冬の初みかんであった。でも、“理由(わけ)”といっても表面に少しキズがあるだけで大満足なお味なのだった。とはいえ「理由(わけ)あり」ばかりというわけにもいかないので、次は「理由(わけ)なし通常みかん」を買うことにしよう。