Dのつく言葉で頑張れるタイプなんです。

―― アルバムタイトルは、『また会えましたね』ではなく『また会いましたね』と、より偶然性が強いところが好きです。

口に出したときもおもしろいですよね!「また会えましたね!」って明るいハッピーエンドな感じがするじゃないですか。でも「また会いましたね…」って、ちょっと怖さもあるというか(笑)。「まだまだ途中だよ」っていう、To Be Continued感があるなって。その含みが、ポジティブにもネガティブにも寄り切らないアルバムの内容とも合っているかなと思ったんです。

―― 音楽自体も、「また会いましたね」という性質がある気がします。たとえば、いつのまにか聴かなくなっていたアーティストがいても、人生のなかで、「あ、またこのひとの音楽にたどり着いた」とか。

あー、まさにおっしゃるとおり。今回は自分自身もそうでした。自分が好きな音楽、自分が好きな自分に、「また会いましたね」感があるんです。しかも、なろうとしてなったわけではなくて。自然と過ごしてきて、多分いろんなことを消化しきって、頭じゃなくて心と体で音楽を作れるようになって。そうしたら帰ってきたのは、詞曲同時に出せる自分で。

「相手にどう思われるか」とか「今の自分はこういう曲を書くべきだ」とか「世の中にこういう歌が必要なはずだ」とかじゃなくて、「自分が何をしたいか」の感覚で歌を作ることができた。そういう感覚に「また会いましたね」って。いろんな意味が含まれているタイトルになりましたね。

―― 1曲目「季節のように」は、アルバムの入り口の“宣誓”のような印象を受けました。

去年ツアーを回ったんですけど、弾き語りとバンドセットの2部制にしたんですね。コロナ禍だったので、間に換気休憩を入れたいというのもあって。そして今回のアルバムも、そのライブサポートメンバーと作ったんです。だけど、あくまでも関取花は、凛とひとりで立っていなければいけないことってあるし。ひとりで立っていられるひとでありたい。だから1曲目に、まさに“宣誓”みたいな歌を持ってきました。部屋でピアノを弾きながら、詞曲同時に出てきたものをそのまま録るのも、いちばん今のありのままの私らしいかなと思って、一発録りで。

photo_01です。

―― とくに<変わりゆく私を愛し続けたい>というフレーズが凛と強くて印象的です。花さんはこれまでの歌詞エッセイでも一貫して、“変わってゆくこと”を肯定されていますし、ご自身の変化を楽しんでいる気がします。

変化には、自分に対してだけではなく、他者にも時代にも寛容でありたいなとは常々思っていますね。前作までは、「積極的に変えてみよう」みたいな気持ちも強かったです。「とりあえずやってみる」を人生の指針として掲げているんです。変わりたいというか、変わった先に何があるのか見たい。

ただ、変わった先に何があるのかを求めての変化だから、自分のなかではブレてはいないんです。でもハタから見て、音像が変われば、「商業的になったな」とか思われることもありますし。もちろん昔は、自分だって音楽を聴きながらそう思っていたし…。

―― 時には、誰かに“変わらないこと”を求められることもありますよね。

そう。そういうなかでも、<変わりゆく私を愛し続けたい>って自分に言い聞かせながらやらないと。私もそんなに強い人間ではないので。だからこそ、部屋でひとりで弾き語りで、自分のために曲を書いたとき、こういう曲になったんだと思います。私はYouTubeが好きでよく見るんですけど、コメント欄とかを見ていて、「それ、すごく傷つくぜ?」って思うことがすごく多くて。たとえば女性YouTuberの方に対して、「あの頃のメイクのほうが好きだった」とか、「あの頃の喋り方のほうがよかった」とか。

―― そうですよね。それを思ったとしても、わざわざコメントする必要はないなと。

そうそう。対人だったら言わないよね? と思うんです。だからといって、リアルを発信し続けるYouTuberの彼女・彼らが黙っていると、「スルーするんですね」って言われちゃったり。本当に大変なお仕事をされているなと。だけどそういうなかで、凛と強い表情で、でも優しく、何かの合間にボソッと言ったひとことで、観ているひとって、「あ、そうだったんだ」って思ったりもするんですよね。

グラデーションで変わっていく様子を、今の時代なりに浸透させていく。そういうYouTuberの方々の姿を見ていると、小手先で無理くり説得させるよりも、そのひとが強く在る姿勢を提示し続けるのが、いちばんカッコいいんだなって。そう思うと、自分も「季節のように」のような楽曲があるだけで、凛としていられるんです。

―― では、花さんがこのアルバムのなかで、とくに思い入れの強い楽曲を挙げるとすると、どの曲でしょうか。

やっぱり「明大前」かなぁ。10年ぐらい前に書いた曲なんですけど、やっと形にして出せたなって。音楽をやっていくことを決めて、一人暮らしを始めたけど、全然食べられないし、バイトもしなきゃ、っていうときに書いていた曲で。でも今の自分だから絶望的すぎず、希望を持って伝えられるなと思ったんです。いちばんリアルを伝えられるタイミングは今だなと。

―― 先日オンエアされて、みなさんから「ぶっ刺さった」という声がたくさん届いていましたね。

そう、その感覚も久しぶりでした。「いい曲ですね」とか「心があたたかくなりました」とか「明るい気持ちになりました」とかは、言っていただけることがあったんですけど。刺さるというか、足を止めてしまうような楽曲こそ自分にしかできない音楽だと思っていたので、その感想はすごく嬉しかったですね。「あぁ、やっぱり私がやりたいのはこっちなのか」って気づきにもなりました。

―― 花さんも<これで最後と言い聞かせ>ながら、音楽をやっていたような時期ってありますか?

うーん、ありますね。私は結果的に、「まぁなんとかなるでしょ!」って思えるタイプではあるんですけど、ポジティブ、ネガティブ、ポジティブ…、って層になっている感じなんですよ。バームクーヘンみたいな。で、ちょっと心のバランスが崩れちゃって、歌が思うように歌えなくなった時期があったんですね。ギターを弾くときもイップスみたいになっちゃって、アルペジオができなくなっちゃったり。当時はもう毎日泣いていたし、「どうしたらいいんだろう。やめたいな」って思っていました。

―― それは次のポジティブの層が来るまで、なんとか耐え続けるしかなかったのでしょうか。

そうですねぇ…。ただ、私はタイミングよく、すごく落ちているその時期に、ラジオのお仕事をいただいたんです。それまでって私、ライブでも全然喋るタイプではなくて。パッとやって、次のライブ告知をして帰る感じで。でも、ライブでできる曲がなくなっちゃったんですよね。声は出ないし、指も動かないし、どっちにも対応できるのは数曲しかないという状況で。持ち時間は30分あるのに、残りの15分どうする?と。そういうタイミングで、ラジオのお仕事をいただいて。この仕事が来たってことは、「まだやめるなよ。これが最後だと思うなよ」っていう、何かの思し召しかなと思ったんです。

それで、もともとラジオは好きだったんですけど、勉強するようになって。ライブでもラジオに向けてのトレーニング込みで喋ってみようと。当時のスタッフさんには最初、「やめとけば?」って言われたんですけど、「やる」って、MCで合間を繋ぐようになって。そうしたらサーキットイベントとかで、ひとが離れなかったんです。MCの間って、ひとが離れるイメージがあったんですけど、むしろ増えていった。それで、「あ、こういうやり方もあるのかな」って思えたんです。だから、次に来たチャンスに乗っかれるという意味では、私はポジティブかもしれないですね。

―― 今のお話を伺ったうえで、改めて「明大前」の最後の<いつまでこんなこと でも>が刺さります。この<でも>がある限り、ずっと続いていくというか。

<いつまでこんなこと でも>は、きっと私が一生思い続けることですね。でも、絶対に歌がなかったら発さない言葉でした。“こんなこと”なんて、応援してくれるひとに失礼だから言えない、とか気にしちゃうので。歌だから、正直に言える。あと、Dのつく言葉って一般的にあんまりよくないっていうじゃないですか。

―― Dのつく言葉。

「でも」「だって」「だけど」「どうして」とか。Dのつく言葉って、ネガティブで、言い訳くさいイメージがあると思うんです。でも、わたしはその言葉で頑張れるタイプで。「もしも僕に」って曲とか、これも自分にとって大事な曲なんですけど、Dの連発でしかないんですよ。<それでもどうか>とか、<隣の芝はいつだって青いけれど>とか。Dがあるからこそ、頑張れるという意味で。だから私は一生、<でも>でしがみついて、泥臭くやっていくんだと思います。その泥臭さに美学を感じている部分がありますね。

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